2018年4月23日月曜日

ロケットが来た(鈴木翔遥, 文芸社)は、元技術者が書いた最高のロケットエンジン開発物語

小説「ロケットが来た」(鈴木翔遥, 文芸社) は、元技術者が書いた最高のロケットエンジン開発物語




これは現実か、創作か-

「これ全部、実話じゃないの?」と思ったのが私の最初の感想である。この作品は極めて完成度の高い、ロケット開発小説である。今まで色々なロケット開発物語(フィクション、ノンフィクション)を見てきたが、これほど技術的描写を詳細に濃く描いた小説を私は知らない。

著者は、N-Iロケット ~ H-IIロケットまで、石川島播磨重工業(現IHI)で、ロケットエンジン開発の第一線で技術者を務めた人物であり、本小説「ロケットが来た」は、元技術者が書いた最高のロケットエンジン開発小説であると断言しよう。

「ロケットが来た」という、ありきたりなタイトル名で検索に埋もれて引っかからず、損をしているが、最高のロケットエンジン開発小説なので、是非お勧めしたい。ろう付けだけでも、その詳細について何ページも渡って書いている。バルブシステム等と訳の分からない単語が出て来る小説等は、この小説に土下座である。

※小説では、実際の名称(企業名、団体名、製品名称)を言い換えてるが、言い換えが面倒なので、テーマ元となった名称で記述する。



物語概要


石川島播磨重工業の航空部門に勤務する主人公(そのまま=著者)は、宇宙開発事業団のN-1ロケット開発計画に契約企業社員として参加することになる。

彼の開発担当は、Deltaロケットのメインエンジンである、MB-3ロケットエンジン等を技術導入し、N-1ロケットの第1段目として、日本国内でライセンス国産する事であった。
渡米し、米国 Rocketdyne社のロケットエンジン技術習得研修から物語は始まる-




ロケットエンジン開発の細かい描写


物語は淡々と進む。物語として、ストーリーが面白いかは、言及しない。しかし、その描写や各所に出て来る知識が他の小説とはレベルが違うのだ。

所々に散らばる表現と技術内容は、実際の製造現場の人間でないと書けないレベルと思われ、その表現は、他のフィクションのロケット開発小説が、土下座するレベルである。しかも一部脚色と組織・人物名称の文字変換で、ぼかしてはあるとは言え、本当に著者が体験し、過去に起こった出来事を、そのまま記述していると見られる。この小説は、ロケット燃焼試験、製造実体等、教科書に書いてないノウハウ情報を一部含んでると考えられ、技術者は参考にすべき物がある。

主人公や石川島播磨社員の質問と、Rocketdyne社員の間でロケットエンジン製造に関する質問と回答が何回も繰り返されてるが、それだけ読んでも面白い。

※ なお巻末には、「この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません」と書かれています。



本当にあった出来事なのか?



著者は、1968年に、名古屋大学大学院工学研究科修士課程修了後、石川島播磨重工業株式会社に入社し、ロケット開発に従事。その後、大学教授となり、専門書(上記)も書いている。(なお、この専門書もロケット工学の本としては、オススメである)ただし、「ロケットが来た」はペンネームで出版している。


出版社は「文芸社」。ここは自費出版商法で有名な会社である。つまり、この作品は、ISBNは付いているが、商業を念頭に書かれたものではなく、作者が書きたいことを書いている可能性が高い。


この小説の主人公「佐藤弘一」は著者と同名(鈴木弘一:苗字は異なる)であり、小石川重工業(石川島播磨重工業?)に勤務し、ロケットダイナミクス社(Rocketdyne社?)にエンジン技術を学びに米国へ渡航するため、羽田空港のロビーで待つ、1972年から物語は始まる。


内容を自分の知識と照らし合わせながら読んでみたが、どうも9割方、著者の体験・現実にあった出来事を淡々と書き連ねているのではないかと私は思う。細かい技術的描写は、著者がメーカー技術者であった当時のメモを参考にしながら執筆したのではないか。(ここまで記憶力の良い人は、あまり居ないと思われるので)


あらを探してみたが大きな矛盾点が見つからなかった。例えば、Rocketdyne社(ロケットダイナミクス)がカリフォルニア州ロサンゼルスのCanoga parkに位置していたり、前身が、ノースアメリカンだった等(ノーザンアメリカンと表記)、歴史や現実に則した設定となっている。

脚色して書いてる部分もあるかもしれないが、ぼかした組織名、会社名、人物名、ロケットエンジンの製品名以外には、大きな違いを見つける事が出来なかった。ただし、MB-3のロケットエンジン質量、大きさのスペックは若干違うように見受けられる(全く違うという訳ではない範囲)が、ロケットエンジンの技術的構成、歴史的背景はどれも整合性が取れている。

なお、会社名はぼかしているが、紐付く事業所は、瑞穂、田無、豊洲等、そのまま現実設定が変わっていない。加えて、ロケット名や物語と直接関係ない、米国の有名人物の名前や組織等は、そのまま表記されている。

  ・ジョージ・P・サットン(Rocketdyne社元社員)
  ・ロケット・プロパルジョン・エレメント(正式には、「エレメンツ」)
  ・レッドストーンミサイル
  ・サターンV
  ・H-1 ロケットエンジン
  ・NASA
  ・フォン・ブラウン    等など





物語を一部抜粋(一部ネタバレ有:注意)


描写の例として、小説の一部表現を抜き出してみた。以下抜粋している。


物語は、Nロケット開発における、三菱重工と石川島播磨重工業の駆け引きから始まる。

「そもそも政府は2社にロケットエンジン技術を習わせようとしているのに、どういうことなんだ」
「そんな…政府は2社に開示するよう指導していたのではないですか?」
「そうなんだが、三菱は我々がエンジンシステムまで知る必要はないと思っているんだ」
「ロケットエンジンをやりたくて石川島播磨に入ったのに、僕の目の前からチャンスが逃げようとしていた。」

これが最初の10p目。この時点で、生々しい…


◆サットン先生とロケット推進工学 登場
僕はオーベルグさんに何か良い教科書はないかと聞いた。彼は即答した。サットンの「ロケット・プロパルジョン・エレメント」がいいと。やはりそうかと思った。日本でもその本の名は知っていた。

「サットンは我々の同僚だが、自分たちの経験を基に教科書としてまとめたんだ」
「サットンさんは、ここ(Rocketdyne)のエンジニアだったんですか?」
「そうだ。この教科書はアメリカでも圧倒的に支持されている。AIAAは教科書を大いに評価して、サットンさんに感謝して、1951年には第1回のAIAA書籍賞を贈っている」


◆LOXクリーニング
「液体酸素を使うロケットエンジン部品では油脂分を完全に覗かないといけないのです。少しでも残っていると、何らかの衝撃で小爆発(ポップ)を起こしてしまいます。」
「もう何回も痛い目に合いました。初めの内は何が原因か分かりませんでした」



◆再生冷却燃焼室チューブの補強リング
「何故こんな錆びやすい材質にしたんですか?」
「ステンレスなら錆びないし作業は楽なんだが…ロケットエンジンというのは、300秒足らずで役目を終え捨てられてしまう。だから材料は出来るだけ安い物を使う」



◆固体ロケットモータとバッフルプレート
「ロケットエンジン燃焼室内のバッフル効果は燃焼振動防止だけじゃない」
「衝撃を受けても不安定にならないと分かって、これを付けて以降固体補助ロケットが使えるようになったんだ」
「そう言えば、初期のロケットで補助ロケット使ってるのは無いですね」



◆再生冷却の豆知識
「チューブは純ニッケルなので、柔らかいため曲げやすい」
「なぜ、それを選んだのですか?」
「展延性だ。今では、ステンレス等他の材料もあるが、当時の絞り加工技術では純ニッケルほど伸びのある材料はなかった」
「割れる事もほとんどない、加工側からしたら理想的な材料だ」



◆NASAのLOX事故
スタンドの底の方から大量の液体酸素が放出された。しかし連続放出はしない。数秒出しては止める。その繰り返しで少しずつ捨てていく。NASAマーシャル宇宙センターで一気に捨てたら、近くを走っている車が突然燃え出す事故があったという。酸素を大量に含んだ水蒸気に包まれたら危険なのである。



◆シーリングのお話
「液体酸素は極低温液体の為、弁接続面のシールに一般のゴム製パッキンを使う訳には行かない。内部から圧力がかかると広がるタイプの金属製シールを使うのだが、表面には樹脂が塗布されていて、傷つけない様慎重に取り付けた」



◆予冷却
「予冷却が始まった」
 液体酸素は1気圧ではマイナス183℃で蒸発するため、設備側の供給弁を開いても、蒸発してすぐにエンジンには入って行かない。そのためエンジン入口直近から冷却弁を介して液体酸素を排出し、あらかじめ設備配管とエンジンを冷やすのである。



◆文書主義
「ロケットは失敗した時も現物を確認できないんだ。大抵は宇宙の彼方か、海の底。交通事故の様に事故を起こした自動車を回収して調べる事が出来ない。調べられるのは文書による記録のみだ。従って、私たちは全ての作業記録を詳細に残すことにした。その作業は、必ず検査員に確認してもらう」


まぁ兎も角、ロケットエンジンの開発描写という点においては、極めて良い小説なので、是非皆さん手にとって見て下さい。

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