2020年7月11日土曜日

SpaceXとノースロップグラマン(TRW)とのロケットエンジン技術訴訟, Rocket Engine Technology Lawsuit between SpaceX and Northrop Grumman (TRW)

SpaceXとノースロップグラマン(TRW)とのロケットエンジン技術訴訟,
Rocket Engine Technology Lawsuit between SpaceX and Northrop Grumman (TRW)







SpaceXは、TRWを買収したノースロップグラマンとの訴訟問題を2004年に抱えていた。2005年、最終的に合意内容は機密として和解したが、買収前にTRWのロケットエンジン開発部門長だったトム・ミュラーがSpaceX創業時に移籍したことが、直接問題となった事例である。


【関連記事】



        






1. ノースロップグラマンの米国防省での仕事監督請負契約


ノースロップグラマンは、米軍の航空機やNASAの宇宙開発関連事業に関わるメーカーである一方、米国防省内においては、米軍と契約したロケット会社や衛星会社の仕事を監督するための請負契約をしているという2つの顔を持っている。航空宇宙分野の様な、高度な技術プロジェクトを進めるには高度な知見を持った専門家が必要である。しかし、米国防省内に十分な人数の専門家が足りていない。このため、米軍はノースロップグラマンと契約し、技術者を米軍に派遣することで、代理人としてプロジェクトの監督仕事を行わせている。

2004年1月までは、この2面性に大きな問題なかったが、DARPA FALCON計画において、SpaceXがFalcon1ロケットの設計レビューを行っていた際に問題が発生した。SpaceX Falcon1ロケットの設計レビューにおいて、米空軍から雇われたノースロップグラマンの技術者が設計レビューの審査員だったことに問題が起因する。





2. SpaceX Falcon1 ロケットの設計レビュー審査員はノースロップグラマンの技術者


以前の記事で述べた様に、DARPA FALCON計画で、SpaceXのFalcon1ロケットは、打ち上げロケット(SLV)として採択され、設計レビューが進んでいた。

しかし、2004年1月ノースロップグラマンの技術者達が、米空軍の仕事監督請負として、SpaceXのFalcon1ロケットの設計レビューの審査員を行っている一方、同一技術者らがノースロップグラマンのロケット開発にも携わっていることをSpaceXが指摘したのである。

通常、ライバルプロジェクトに従事する従業員は、関連プロジェクトから隔離することが求められているが、米空軍は、DARPAとの共同事業であるFALCON計画において、SpaceXのFalcon1ロケット設計を審査し、評価するために審査員・監督者としてノースロップグラマンを選定していた。2004年1月のFalcon1ロケット設計レビューにおいて、SpaceXの幹部がこの規定をノースロップグラマンが守っていないことを懸念し、SpaceX幹部であるGwynne Shotwell氏が、審査会議を中断、ノースロップグラマン側の参加者に競合する宇宙ロケットプログラムに関与する者がいるかどうか尋ねた所、8人の審査員の内、5人が手を上げる事態となった。

そこで、SpaceX社は審査会議を中止し米空軍にクレームを付けた。数週間後、1人を除いて審査員を全員辞退させ、米空軍は、技術支援以外に開発に携わっておらず、政府が出資しているAerospace Corp.のエンジニアに審査員を交代させた。(Aerospace Corp.は、TRWのロケット開発部門設立以前に、TRWの前身と同一会社であり、米空軍にロケット設計技術のコンサル・評価を行っていたが、政府機関色が強いエンジニアリング企業として分社化した経緯がある企業である)





3. SpaceXの起業経緯とノースロップグラマン(旧TRW)


2002年12月12日、TRWの防衛部門(ロケットエンジン開発部門・宇宙開発部門を含む)がノースロップグラマンに買収された。その約半年前の2002年5月6日、イーロン・マスクはSpaceXを起業している。イーロンマスクは、TRWが買収される以前、TRWのロケ
ットエンジン開発部門の部長であったトム・ミュラー(及び部下)をロケット開発人材としてSpaceXに引き抜き、SpaceXを創業した。つまり、当時のノースロップグラマン社(旧TRW)においてロケットエンジン開発の実績があり、社内内情と技術を良く知って
いる人間を引き抜いていたのである。

このことは、SpaceXのロケット技術開発が、全くの「ゼロ」からの開発スタートではなく、TRWのロケットエンジン技術をベースに開発されたことを意味する。そしてまた、この経緯こそがノースロップグラマンとSpaceXの訴訟問題に関する中核をなしている。





4. ノースロップグラマンに訴えられ、訴え返したSpaceX


この問題は解決せず、ノースロップグラマンは2004年5月に最初の提訴を起こし、自分は被害者であると主張した。ロサンゼルスの州裁判所において、「SpaceXと元TRWの技術者であったトム・ミュラーがロケットエンジン開発のために、ノースロップグラマン(旧TRW)の企業秘密を盗んだ。これは、守秘義務契約違反であり、SpaceX社もそれを知っていた」と法廷で主張した。

ノースロップグラマンは、具体的にSpaceXが「Northrop Gruman / TRW proprietary」と刻印された企業内文書を入手したと主張した。データの他10以上の文書を元技術者のトム・ミュラーがSpaceXに引き渡したと主張。これに対し、SpaceXは完全に否定した。問題となっている文書は数十ページあるが、そのようなマークがついているのは5ページだけである主張して、文書は不適切に所有権が指定されており、これらの文書は誤ってSpaceX社内に持ち込まれたとした。いずれにしても、SpaceXはそれらの資料を使用したことはないと主張したのである。

そして、このノースロップグラマンの訴えに対し、SpaceX側は、2004年6月にロサンゼルス連邦裁判所にて、ノースロップグラマン社の訴訟はSpaceXに損害を与えることを目的とした「反競争的で違法な行動だ」と独占禁止法違反を主張した。更に、ノースロップグラマンが米軍の政府顧問として、その立場を乱用しているとも主張。2003年3月まで遡り、SpaceX社に対する企業スパイ行為を彼らは行ったと主張した。一連の裁判では、Brian D. Ledahl氏がSpaceX側の弁護士を務めている。

一連の訴舩において、ノースロップグラマン社は、SpaceXがロケット部品技術に関する企業秘密を盗んだ(主にピントルインジェクターに関するものとみられる)と主張。一方のSpaceX側は、ノースロップグラマン社が政府の仕事監督請負の役割を乱用し、SpaceX側の機密情報を盗んだと主張した。そして、両社は共にどちらとも不正行為を否定した。





5. 裁判によって、Falconlロケットの発射は延期に


当時イーロンマスクは、「ノースロップグラマンは、我々がこれほど激しく戦うとは思ってもいなかった。自分たちに落ち度がなければ、貢物は払わない」と述べており、若いベンチャー企業にとって、これは気晴らしである一方、財務上の消耗であり、信頼と国防省のビジネスを得る能力が削がれるものだと認めている。この論争のため、SpaceXのFalcon1ロケットは、2005年に打ち上げを予定していたが、米空軍は2004年当時、その許可を出さなかった。





6. 米国防省の管理体制に疑問を投げかけた事件


一連のノースロップグラマンとSpaceXの訴訟問題は、米軍の兵器プログラムの開発において、軍が大規模に民間業者への外部委託、アウトソーシングすること、そしてその利益相反構造について疑問が投げかけられる結果となった。この様な民間外部委託契約によるノースロップグラマンの売り上げは、2004年だけで約7億ドルにのぼり、全体利益の約7%を占めていた。ノースロップグラマンは、他でも同じような利益相反の問題に直面した。2004年8月には、米海軍の対潜水艦プログラムにおいて、その評価について客観性が
欠けていると指摘された。





7. ピントルインジェクター技術を選んだことを一度は後悔したイーロンマスク


2004年当時、イーロンマスクは、「ピントルインジェクター技術を選んだことを後悔している」と述べている。しかし、それは法的問題のためではなく、性能的な問題であった。当時、ノースロップグラマンは自社の企業秘密を転用したがために、SpaceXが数か月でMerlin1ロケットエンジンを開発できたと主張していた。それに対して、SpaceX側の反論は、「求められるロケットエンジン性能が達成されてない」と述べた。

「血まみれのピントルインジェクターに関わらず、我々は目標を達成する」
(We will get to our objectives, in spite of the blood pintle.)

と述べ、当時では性能が出てないプロトタイプピントルをスクラップにし、他の方法がないか模索されていた。(結果として、ピントルインジェクター型のロケットエンジンに落ち着いている)





8. 秘密の和解案


結局のところ、ノースロップグラマンとSpaceXは、不正行為を認めたり、法的手数料や損害賠償金を支払わずに2005年に決着した。両社ともに訴訟を取り下げたが、和解の条件は「機密情報」であると述べた。2020年現在、今もなお、この和解内容は不明である。




        




References

[1] Can Defense Contractors Police Their Rivals Without Conflicts?,
      Jonathan Karp and Andy PasztorStaff, THE WALL STREET JOURNAL
      https://www.wsj.com/articles/SB110419401176710544
[2] Northrop Settles Rocket Dispute With SpaceX, Jonathan KarpStaff,
      The Wall Street Journal, Updated Feb. 11, 2005 12:01 am ET
      https://www.wsj.com/articles/SB110805958574251469
[3] http://www.raklaw.com/attorneys/brian-ledahl.html

0 件のコメント:

コメントを投稿