スカッドミサイルの第1段目を利用した超小型衛星を軌道投入するロケットシステムの検討
超小型衛星(CubeSat 1kg級)を打ち上げるために必要な、第1段目に必要なロケットシステムの規模を簡単に検討した。
重視したのは、開発予定・空想のロケットエンジンではなく、現実に存在するエンジンのみを用いることである。ざっくりした計算として、ミッション時間200秒とした場合、ロケットの最終段が得られる速度をdV=10km/sに加速可能であれば、人工衛星を打上げが可能である。
この計算では、第1段目をスカッドミサイル(R-17)を転用する前提で、計算を行った。計算の結果、第1段目エンジンには少なくとも、13t級のロケットエンジンを搭載する必要性があることが分かった。
1.計算の前提条件
第一宇宙速度の式は、g:重力加速度(m/s2), R:地球の半径(m) とすると、
\[V = \sqrt{ gt } \]
であり、海面 0 mにおいては、
\[V = \sqrt{ gt } =6.371×10^6×9.8=7.9011 ≒ 7.9 km/s \]
約7.9 km/sである事は良く知られている。
次に、衛星が地球周回軌道の高度で受ける重力を考える。例としてスプートニクの軌道は、近地点高度215 km, 遠地点高度939 kmである。この近地点高度で受ける重力は、重力定数や地球の直径等が分からなくても、公式さえ覚えていれば、単純に計算出来る。惑星からの半径rの関数として、
\[g = \frac{ GM }{ r^2 } \]
海面0 m:r = 6371 km, スプートニク近地点高度:r = 6371+ 215 km
これらを先の式に代入してやれば、GM項は消えるので、海面0 mと、215 kmでの重力加速度gを比較出来る。
結論として、高度215kmの衛星軌道では、地表の重力の93.6%が依然かかっている事が分かるはずである。第1宇宙速度をかけてやると、215 kmで衛星になる事が出来る速度は、7.644 km/sで、ほとんど変わらない。つまり、低軌道衛星は、地上とさほど変わらない重力を受けて地球に落ち続けている。
単に衛星の速度が高速かつ地球が球体なので、丸みに沿って回る限り、落ちた次の瞬間に地球の丸みの高低差分を稼げるだけ距離が進んでいるため、相対的に高度が回復することで、地上に落下しないだけである。
このため、人工衛星を打ち上げるためには、大気減衰のない宇宙空間に出て7.9 km/sの速度が稼げれば良い。しかし、実際には重力があるので、それを振り切らなければならない。高度による重力差は6~7%程度のため、単純化するために、地表での重力加速度を適用して考える。
ミッション時間合計:t (s)の時、全体の重力損失は、一定と考えると、単純に加速度の式で得られるので、下記の様になる。
\[V_{ g sum } = at = gt \]
ここで、全体のミッション時間200 sとすると、
\[V_{ g sum } = 9.8×200 = 1960 m/s\]
実際、他にも空気抵抗等あるが、高度30 km程度しか密度が高い空気層は無いので、先に説明した93.6%の重力差で誤差を相殺出来ると考える。実際、全速度損失80%以上は重力損失である。迎え角損失、抗力損失等はせいぜい数百m/sに収まる。このことから、衛星軌道投入に必要な速度dVは、「第1宇宙速度+ミッション時間中の重力損失」の合計値なので、おおよそ以下となる。
\[dV = 7.9 km/s + 1.96 km/s ≒ 10 km/s \]
2.計算条件の縛り
現実的な検討とするため、条件縛りとして以下を設定した。
- 構造効率は、0.2~0.3とする。分離機構、電装系はこの中に含む。
- スカッドミサイル(R-17)を第1段目とし、上段に搭載するロケットエンジンは、現実に存在する機種・性能とする。
- 初期加速2G(上昇の見かけは1G)以上を得るために、ロケットの全体構成を6.5t以下に抑える。スカッドミサイルのメインエンジンである、S5.2(推力13t)のみで加速を実現するための縛りである。
- 投入する衛星重量はCubeSat 1kg級とする。
- ミッション時間全体上限を200 秒とする。
- 各段分離に要する時間は、5秒以内とする。
- dV=10 km/s越えを目指すが、最終的に重力損失等を考慮し、再度dVの判定をする。
なお、ある段における得られるロケット速度の計算式は、ツィオルコフスキーの公式で以下の通り。
\[V_{ gas } = \ln (\frac{ M + m_{0} }{ M + m_{p} }) \]
V_gas:排気ガス速度(m/s), M:上段・衛星合計質量(kg)
m_p:推進剤質量(kg), m_0:初期質量(kg)
3.計算結果
ロケットの構成は表に示す。いずれも4段構成であり、2段目はイサエフOKB-2が開発したS-75用のS2.720で共通としている。
冷戦中の東側諸国ではS5.2と並んで同時保有している可能性が高いロケットエンジンであり、ブースタ等は付属しているとは言え、イラクは上段に実際この構成を選択した。燃焼時間は、運転モードによって上下するが、ここでは出力100%運転を想定している。
2段目のエンジン設置のため、2段目以降は胴径Φ500mmとして、S-75胴径に合わせる。3段目以降は、各々同一のエンジンを使用している。小型で本規模の上段に使用できるコンパクトさ、かつ実績のあるエンジンの選択は極めて限られる。
構造的な問題もあり、上段になるに従い、大きさは小さくなるためタンクとエンジンを持つ液体燃料エンジンだと構造効率が悪くなる。そのため、キックモータ等を固体燃料ロケットモータで使用している事が多い。
今回は、AtlasのバーニアであるLR101とL-4Sの4段目ロケットモータであるL-480Sでの検討も行った。構造効率は、フェアリング分離等を想定し、第3段目までを0.20~0.25、第4段を0.2程度としている。
第3段までに姿勢・方位等を決定させ、第4段は加速のみを担当させる。実際、R-17の構造効率は0.218であり、各段、構造効率0.2強というのは、宇宙用ロケットとした場合、薄肉・軽量化されていない設定だと考える。しかし、厳し目に見積もった方が、現実味があるため、この様な設定にした。フェアリング分離は考慮してないので、これよりも多少運搬できる質量は大きくなると考えられる。
因みに、北朝鮮が打ち上げた銀河3号すら、第1段は~0.15程度と推測されている。ロケット全体で見ると、H-IIA 202型は0.14、M-Vは0.16、イプシロンは0.13である。
1~3段の分離時間は、合計15秒(4段燃焼終了時には第1宇宙速度に到達しているので、分離時間は重力損失として計上しない)と設定した。獲得速度は、分離時間を含めた重力損失をdVから差っ引いた値であり、7.9 km/s以上であれば、衛星投入可能と判断する。
高度による初期の空気抵抗で損失した誤差を埋めるため、高度による第1宇宙速度の条件緩和は考えない。比推力について1段目は、海面と真空中の中間値、2段目以降は真空中を前提条件とした。
3-1.計算結果:案1 全段液体ロケット案
案1では、dV=10 km/sを下回り、想定より1秒伸びた。しかし、重力損失を考慮したdVは7.9 km/sを超えた。この構成では、LR101第4段は乾燥重量20kgで作らなければならない、エンジン単体で約5.6kgなので、約15kg以内にタンクや配管系を抑える必要がある。
余談だが、よく「上段のエンジン比推力や構造効率を改善した方が、ロケットシステムとしての性能向上は大きい」と言われるのは、上段側が全体の終末速度に寄与する部分が大きいからである。全段に渡って、重力損失を抑えるために燃焼時間を短くしたかったが、それぞれエンジンの燃焼時間が30秒以上になるのは現実的な値として仕方がない。
3-2.計算結果:案2 固体ロケットモータ含有案
固体モータを使った案2は、ラムダL-4Sロケットの4段目:L-480Sを使用している。「ISASロケットモータと軍事用・ミサイル用ロケットエンジンの夢のコラボレーション」となっているのが素敵である。
dV=10 km/sを下回ったが、獲得速度は7.9 km/s以上となった。以上より、スカッドミサイル(R-17)を第1段とした宇宙ロケット転用は、性能的にギリギリだが1kg程度の超小型衛星を対象にすれば可能であると考えられる。
4.打ち上げコスト
次にロケットエンジン単体の値段だがS2.720は8,000ドル程度、LR101は6,000ドル程度が米国での相場である。機体のタンク等は、大きさがあるし、制御システム等も搭載しなくてはいけない。
上段の機体規模はS-75(SA-2)程度であり、これは新品単価$200,000程度であるので目安とすると、合計565,000ドルとの荒見積となった。大雑把に言って、打上げコストは、約7千万円程度だろうか。(1ドル=125円レート)
これに推進剤等もかかってくるので、8千万程度あれば、案1の打上げを実施可能かもしれない。(なおぶっつけ本番で。ソ連のN1ロケットの如く)1kgを打ち上げるのに、8千万円では相当コストパフォーマンスが悪い衛星打上げロケットである。
Atlas Vは、既存の最高のロケットエンジンを組み合わせたが、第1段目をスカッドミサイル(R-17)にした衛星打上げロケットは、発展途上国でも手に入りそうな規模のロケットエンジンを組み合わせた検討の結果である。
5.ロケットの規模
2018年現在、世界最小の衛星打上げロケットは、SS-520-5である。
しかし、コスト的なものが算出できないため、L-4Sについて考える。L-4Sのトータルインパルス(真空中)は、16.7 MN・sであり、3番手である米国Vanguardの23.5MN・sを引き離している。
L-4Sは、全重量9339 kg、打上げ能力11 kg(衛星部のみ)であった。コストについても世界最安であった。当時価格は1機45万ドルであり、現在価値だと、1億6千万円程度($1=360円レート)だろう。
検討したスカッドミサイル(R-17)衛星打上げロケット(案1)は全重量6070 kg、打上げ能力1kg、打上げコスト8千万円(試算結果)である。これは、全てにおいて、L-4Sを下回る。案1でトータルインパルスは、案1:11.68 MN・s、案2:11.8 MN・sで、両方ともL-4Sの7割程度である。
中東諸国は、この構成で打上げ能力を有していると考えられるが、大型化して衛星の打ち上げを目指している。これは、彼らの目的は軍事用であり、かつ衛星用でも搭載重量を増やすのが重要で、小型ロケットで小型衛星を打ち上げる事自体が目的ではないからであろう。
6.上段高性能化案:案3
ここまでの検討で、案1kgのCube Sat級にて打上げコスト8千万円程度ではペイしないため、衛星の重量を40 kgまで増大させる案を考えたい。
超小型衛星の相場(50kg)には到達しない、案1と2の全重量から+α範囲だとその程度となる。ロケットシステム全体で見た場合、1段目は、ロケットの全体性能に及ぼす影響はあまり大きくない。1段目の性能を上げても、搭載できる衛星の重量はさほど変わらない。これは何回かパラメータを振って計算すれば分かる。
一方、上段の性能はロケットシステム全体の性能に大きく影響を与える。そこで上段の高性能化した時の検討を行った。
中国が開発したCZ-3の上段エンジンであり、日本のLE-5初飛行より2年前の飛行に成功していたエンジンである。(このため、中国と日本の液体燃料ロケットエンジン技術のレベル比較の根拠として挙げられる事もたまにある)
しかし、エンジンは燃焼室が4つクラスタリングされているため、直径は2.2 m(単体0.56 m)、重量は236 kgもある。そこで、現実から外れるのではないかという指摘もあるかもしれないが、燃焼室2基形態とした物をYF-73S2、1基形態とした物をYF-73S1として、2基あるいは単体で使い、ポンプもそれに伴って縮小版とするダウングレードエンジンを仮定する。
推力や性能も単純に半分、1/4として計算を行った。構造効率は、2段目を0.25と3段目以降を0.27としている。計算結果を上記に示す。
結果として、僅かに7.9 km/sには届かなかったが、誤差範囲で投入可能と考える。トータルインパルスは、13.42 MN・sである。全体重量は、おおよそ+ 400 kg程度で、40 kgペイロードが増加した。
dV=11.6 km/s推進剤消費量が少ないために、重力損失が案1、2に比べると1.5倍近くなっている。そのため足を引っ張られた。また比推力は高いがエンジン重量が、1基あたり59 kgと重い想定だという事も拍車をかけている。
エンジンが軽く、推進剤消費が大きければ、3段構成かつ案1と案2と変わらない重量6100kg程度でも行けただろう。しかしながら、比推力と推力はトレードオフである。4段中、3段をLH2/LOXにしたため、コストは案1、2よりも高くなるだろうが、それでも2倍はしないだろう。
7.感想
簡単な計算結果ではあるが、構造効率を大きくしたせいか、当初考えていたよりも、打上げ条件が厳しかった。また、この様な検討の場合、長秒時ロケットエンジンを燃焼させることで速度を増加させる計画を立てる場合があるが、第1宇宙速度に届かない条件かつ、推進剤搭載量が小規模な中、それを行うと重力損失を過大にしてしまう。
比推力が確保出来るなら、燃焼時間は短い程良い事を改めて実感。
References
[1] MathJax in Blogger (II)
[2] Easy Copy MathJax
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